雪の雑音と生活

つれづれなるままに日々感じたことを電波の網の目に残します

釧路旅行記

飛行機の隣にカップルが座った。

どこいったことあるの、と聞く女に気にせずに好きなとこいっていいよと返す男。どうやら男の方は何回も北海道に行ったことがあるらしい。カップルかと思ったが、カップルにしてはやりとりに距離を感じる。年代は30代前後。女性の瞼の上に茶色いアイシャドウが黄色い肌と境目をはっきりさせながらギラついている。男は短髪で黒い細ぶちメガネをかけている。

ついたらもう15時だし、なにしようか、と観光雑誌を広げながら聞く女に、「15時ならあっちはもう真っ暗だよ」という男。え、そうなの、と(笑)が「かっこわら」と聞こえてきそうなテンションで返す女。ほんまかいな、うそやろと突っ込んでほしい。

飛行機の雑誌に北海道のシーシャが特集されていて、シーシャいったことある?と聞く女。北海道ではないなーと返す男。え、北海道以外ではあるの(笑)?という女のつっこみに、何も返さない男。あ、この男、しったかぶりしてると気が付いたとたんやけにその標準語が耳に障る。なんやそれ、じゃあどこで吸ってんくらい返してほしかったが、女の方が彼に入り込もうとしていて好感がまだもてる。でも、飛行機の離陸前のエンジン音で周りの音が遮断される中、それ以上つっこもうとしない隣の女の最後の「の?」まで粒だってはっきり発音される標準語だけがやけに頭に入ってくる。

釧路に着いた。時刻は15時。明るかった。

なんやかんや飛行機の男の一言に不安になっていたけれど、まだ明るかったので、阿寒国際タンチョウセンターへとバスで向かう。そのバス停には16時頃到着し、私のほかに二人、一人は地元のおじさん、もう一人は阿寒湖温泉に向かう途中で途中下車した私と同じ年くらいの女の子が下りた。阿寒湖温泉行の次のバスは18時だけれど大丈夫だろうかと思っていたら女の子は釧路行きのバスに乗った。行き当たりばったりの一人旅だろうか。阿寒湖行のバスチケットは2100円くらいするからもったいないけど、ちょっとかっこいい。センターには遅すぎてタンチョウはもういなかった。

ホテル、東横インについた。地元で夜の高速の外側を後部座席から眺めていたときに見たことがあるようなホテルの看板がすぐにみえた。部屋は普通。引き出しにはアダルトビデオの広告が。どうやらこの部屋で見られるらしい。ビジネスホテルにはそんな需要もあるのか、てことはこの部屋で誰かが、と思いながらどんなものが人気なんだろうと色んなタイトルを眺めた。それから横の本棚に目をやると、精神関係の本が多かった。新聞記者の内観体験記を読み、7日間施設に隔離されて、家族などの身近な人にしてもらったことや迷惑をかけたことなどを思い出す内観というものに興味を持った。新聞記者の「前は声だけがうるさい奴だったが、今はどんとかまえて、心に芯のようなものができ、穏やかになった」という言葉が気になった。そのようになりたいといつも思っているから。どうやら内観は東横インでは研修で行うらしい。インターネットで調べると学生は7日間食事付きで4万円だった。気になったが、7日間と4万円を犠牲にして何も得られないリスクを考えてやめた。大学4年の3月は貴重だ。きっとこんな考えだからどっしりと生きられないんだろう。

晩御飯を食べようと外に出た。釧路の街並みは思ったより栄えていると思ったが、よくみると空き店舗だったり、看板はあるけれどもう何年もほったらかされて風化した店舗も多かった。人気のまったくない凍える夜の街に、昭和のラジオのような音声の街頭放送だけが怪しげに響いている。「行政書士に、なりませんか?行政書士は、様々な文書を作成する仕事です・・・」「北方四島は日本の領土です・・・千島連盟!」「街頭放送で広告を流しませんか?イメージ戦略なら・・・」誰にも聞かれない街頭放送が現在進行形で朽ちているビルに吸収されていく。晩御飯は地元の定食屋で食べた。チャーシュー麵(650円)と梅おにぎり(150円)。梅おにぎりがやたらしょっぱかった。

次の日はバスで鶴居・伊藤タンチョウサンクチュアリへいった。バスには4人ほど。途中で私一人になった。するともう二人のってきた。大きなリュックを抱えた男は傘をさしていなかったようで、全身雪まみれである。きっとこのひともタンチョウを見に来たんだな、と思うとそうだった。バスを降りると、「コェー」とタンチョウの声が聞こえた。胸をときめかせながら、大雪のなか、15分ほど西へ歩いた。歩道を歩くと膝まで雪の中に入ってしまった。たくさん車が止まっていた。人も結構いた。タンチョウはもっといた。まずは双眼鏡をのぞく。するとまた「コェー」と聞こえ、聞こえた方角を向くと、二匹のタンチョウが長い首をくねらせ、くちばしを天に向けて鳴きあっている。雪が降りしきる中響く切ないその声に涙がじんわりうかぶ。いそいでカメラを取り出し、無我夢中でシャッターをおす。ひとしきり撮りおわったら、また双眼鏡で声のする方をひたすら追う。鳴きあいがおさまったところで双眼鏡をおろすと、タンチョウがやたら多い景色がなんだか奇妙に感じる。体が雪まみれになってきたのでネイチャーセンターへ入った。おじさんが30分くらい休みなしでタンチョウについて、その保護について話を聞かせてくれた。

帰り、大雪でバスががたがた揺れる中、夢の杜団地というバス停に着いたところで雪で立ち往生してしまった。運転手がバックとアクセルを繰り返しても動かない。車内には摩擦で何かが燃えたのか、焦げたようなにおいが漂う。乗客は3人。何台もの車がバスを横目に見ながら通り過ぎていく。そうしているうちに、一台の釧路ナンバーがとまり、2-30代くらいの男性が運転手の方へ近寄り、一緒にバスの周りを歩いている。そして何やら電話している。するともう一人、除雪車がとまり、屈強そうな男性がおりてくる。男性が呼んだのか、牽引車が到着し、けん引してもらう中、二人の男性が交通整備をしてくれていた。雪の山から抜け出し、バスが動きはじめた。お礼をしようと少し立って窓の外の男性に会釈をしようとするが、こちらをちらりともみず、バスの前後を気にしてくれている。かっこよかった。

途中釧路湿原展望台で20代くらいの男が乗車してきた。あ、と思ったら昨日阿寒国際タンチョウセンターとその隣の道の駅の間にあるバス停にもいて一緒にバスに乗った男だった。マスクはしておらず、ネックウォーマーで口を隠し、iPadをやたら触っていたが、今日も同じだった。何者か。

ホテルに帰りテレビをつけると、どうやら天気が荒れるらしい。「低気圧」「吹きだまり」「大しけ」など普段あまり耳にしない天気用語が聞こえてくる。明日は釧網線にのって摩周湖へいき、川湯温泉にとまり、その次の日に網走まで行って女満別空港から成田に帰る予定だったけれども、予定変更になりそうだ。北海道ご当地コンビニセイコーマートで夕食を準備し、やたらおいしい北海道牛乳とヨーグルトをたくさん購入し、セブンイレブンにもよってみると、ほとんどまったくご当地商品がなく狂気すら感じてそそくさと出てホテルに帰った。JR北海道は全線の運休が決定していた。太川陽介なみにホテルの部屋で路線バスの時刻表とにらめっこしていたら、疲れて寝てしまっていた。

浅い睡眠を繰り返し6時ごろやっとベッドから起きてスマートフォンを確認すると、路線バスや都市間バスも運休になっていた。今日も釧路にとどまることになった。旅行で地方に来ると、いつもなぜここの人々はここに住んでいるのか、ここに何があるのかと失礼なことを考えてしまうが、それは釧路も例外ではなかった。人がいれば、需要ができ、店ができ、雇用ができる。でもそれは、いってしまえば場所はどこでもいい。そう思いながら釧路のWikipediaを読む。釧路の人口は17万人。道東の政治都市らしい。炭鉱ができたり、製紙場ができたりした歴史を読む。釧路港にMOOなる商業施設を建てるもバブル崩壊とともにテナントが撤退していった経緯も読む。釧路市も過疎化しているらしいと読む。Wikipediaを読んだ後街にでると、なんだか街全体が、仕事を引退して生きがいも友人もなくしたけれどプライドは高く、カフェで若い店員に威張りながら4人席を1人で長時間独占する初老みたいにみえてくる。多分コロナの前はもっと活気があったんだと思う。Wikipediaにのっていた観光地であるという幣舞橋に出かける。お天気カメラの設置場所でもあるらしい。いってみるとライフファーストの鳥に4種も出会えてラッキーだった。MOOは地元のおじさんらしき人が何人か出入りしていたが、閑散としていた。

ホテルに帰ると、スマートフォンが全く充電されていなかった。後で調べたら気温が低いとリチウムイオン電池は充電されない、または充電が遅くなるらしい。靴が壊れたので駅南のビジホ街から抜け出して、駅北側の街へ出かける必要があった。ホテル一階のパソコンでバスの時刻を調べ、紙にペンでメモする。スマホは使えないけれど、きっと大丈夫、と思ってバス停に出かけバスに乗ったら歩いて5分の釧路駅につれていかれ、終点だったので降りた。乗り間違えた。ホテルに歩いて戻り、もう一度ロビーのパソコンで調べて、今度こそと出る。強風で看板か何かにつかまっていないと立ち止まっていられない。足元は雪が固まってスケートリンクのようになっている。スマホも時計もないので、時間も分からないと思っていると、バスが来た。でもなんだか違う。とりあえず見逃す。すると次々バスが来る。中学生の頃、2回ほどバスを乗り間違えて心細い思いをしたことがあるので、ホテルに戻り、もう一度念入りに調べる。大楽毛線という線を、何と読むか分からないけれど字の並びで覚え、バスに乗り込む。無事靴屋に着き、靴を買えた。帰りのバスでは、制服にポニーテールの女子校生が寝ていた。バスの停車ボタンを見ながら、このボタンができる前は、止まってくださいと口でいっていたのかな、など考える。ボタンができて、スマホができて、何でも自分で調べてできるようになって、ケアしあうことがなくなって、人との交流が減ってしまったんだ、などと考えていたらホテルについた。

テレビをつけると、テレビでは放送と同時に警報情報が写っている。明日無事帰れるだろうか、と思っていると、現在の釧路の様子です、と幣舞橋からの映像が映されていた。JR北海道は明日も全面運休だ。

北見へ向かうバスは運航するらしい。北見から女満別にバスが出ているので、これで帰られるとほっとする。バスに乗ると、後ろで中年の夫婦らしき男女が流氷船の運航情報について話している。北見から女満別へ向かう途中、何度かホワイトアウトのように視界がかなり悪くなった。絶望的な天気の中、飛行機で隣に座ったカップルは、今頃何をしているだろうか、と思った。

地方から東京に戻ると、電車に乗る人々をみながらまた、この人たちはなんでここにいるんだろうか、とまた考えてしまう。表参道から乗り込むぎらついたスーツの男性を見ながら、どんだけ稼いでも、お金のかかる娯楽と子育てにお金も体力も消費して、年を取るのが関の山と他人の幸せを勝手に勘定しながら、完全に他人事気分で自らを省みない私。東京は、地元に何かを見つけられず、何かを探してきた人が、気が付けばそのまま居ついているのだろうなどと考えながら、さんざんなことを思った釧路を恋しく思った。